フォントコラム FONTSTORY
Chapter2:マティス-EB エヴァンゲリオンのL字型サブタイトルで使用されたあの極太明朝体
「マティス-EB」は、フォントワークスのCLASSIC(クラシックシリーズ)の書体です。
極太の明朝体として1994年にリリースされ、《エヴァフォント》の愛称でも呼ばれるこの書体は、リリース20年を迎えてなお、多くの方々にご使用いただいているフォントワークスを代表する書体のひとつです。
今回は、「マティス-EB」にスポットをあて、「マティス-EB」リリース当時のDTPフォントの話やこの書体の裏話などを、TVアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」での事例をもとにご紹介します。
制作協力:©カラー/Project Eva.
「マティス」誕生の背景と「新世紀エヴァンゲリオン」での採用の理由
フォントワークスの明朝体「マティス」ファミリーは、92年にウエイト[M][DB][B]を、94年にウエイト[EB]と[UB]、さらに97年に[L]をパッケージ製品としてリリースされました。
90年代前半はいわゆるDTP (Desk Top Publishing) の黎明期で、PostScriptフォントの数も種類も本当に少ない時代でした。そんな中で、フォントワークスは90年の角ゴシック体「ロダン-DB」のリリースを皮切りに、角ゴシック体、明朝体、丸ゴシック体などを次々とリリースしました。 特に「マティス-EB/UB」は、モダンなスタイルの明朝体として、たっぷりとした筆と墨を連想させる雄渾な書風で、デジタル時代にあってもエッジの柔らかさとインパクトの強さを兼ね備えたデザインの書体です。ウエイト感・重厚感、そして非常に迫力のある極太ウエイトの明朝体として、多くのデザイナーをはじめ、印刷会社や製版会社、そして出力センターなどでいわゆる印刷用フォントとして導入いただきました。 なお、黎明期には画面はビットマップ表示(文字はギザギザでの表示)だったり、さらに1書体あたりの金額も非常に高価な時代でもありました。
当時のアニメ制作においては、サブタイトルや背景に描かれる看板など劇中に登場する文字のほとんどは、背景会社が「絵」として手描きしていたり、オープニングやエンディングのクレジットは別の編集会社が作るのが普通でした。アニメ制作現場においてDTPフォントを使用する例はほとんどありませんでした。しかしながら、「新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督は、“文字”も映像作品において非常に重要な要素であると考えられていたそうです。
当時、「新世紀エヴァンゲリオン」を制作していたガイナックス様では、同社のゲームソフトパッケージやマニュアルなどを内製するため、MacでのDTP環境を導入されていました。アニメ制作での使用を想定してのことではなかったそうですが、庵野監督はこの環境をアニメーション制作現場で劇中の文字やグラフィカルな作画に活用することを考えられたようです。 ただ、当時同社が導入していたプリンタにインストールされていた書体では満足できず、監督自身がカタログで探されたそうです。
庵野監督は、いくつかのフォントメーカーからリリースされている複数の極太明朝体の中から「マティス-EB」を選択いただきました。選定の理由は、「マティス-EB」が持つ『見た目のインパクトと表情の豊かさ』がポイントになったのだとお聞きしています。さらに当時の「マティス」の特長でもある、「筆押さえ」(※1)を気に入っていただいたのかもしれないとも想像しています。
「新世紀エヴァンゲリオン」は、アニメ放映開始当初から、そのサブタイトルにおける文字のレイアウトデザインも話題になりました。
「新世紀エヴァンゲリオン」で使用いただいたことによる反響
当時は、フォントを購入いただいたあとに、どういう媒体にどういった形で使用されるかは、事前に知ることができませんでした。「新世紀エヴァンゲリオン」においても、それは例外ではなく、使用されていることを知ったのは、95年の放映開始後からでした。 秋葉原にあるパソコンソフトの販売店などで「マティス-EB」が極端に売れるという状況が発生したのです。聞き取り調査の結果、本作に使用されたことにより、作品のファンの方々が、能動的に探し当てて購入いただいたということが分かりました。 本作で使用されていることは、作品内のクレジットに記載されていなかったですし、今ほどインターネットが普及している時代ではなかったので、ファンの方々の「フォントも作品の一つ」として考えていただいていると感じました。 また、それほど特徴的に、「マティス-EB」を作品に使用していただいてるということだと思います。
※「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」から、弊社名は“書体協力”としてクレジット掲載頂いています。
「新世紀エヴァンゲリオン」初放映から20周年の年
「マティス-EB」を使用いただいた本作も、1995年に放映されたTVアニメから新劇場版までと、今年で20年を迎えています。また作品中でも、2015年は舞台設定の年という記念の年でもあります。 現在、エヴァンゲリオンストアにて、《route 2015》という特設サイトが展開されています。
エヴァ作品に携わった方々にフォーカスし、連載形式でインタビューを行っていくその企画に、フォントワークスはご協力させていただきました。
「新世紀エヴァンゲリオン」で「マティス-EB」を採用していただいた理由やエヴァンゲリオン関連製品に「マティス-EB」が展開していった経緯など、《route 2015》でお話させていただいた内容をもとに一部ご紹介します。
インタビューの全容は、こちらでご覧ください。
「マティスーEB」と「筑紫書体」の使い分け
しかし、実は、一部の媒体では、「筑紫書体」などのフォントを取り入れていただいているものもあります。
このように、媒体の特性などによって書体の使い分けを行っていただくことで、昔からのイメージを崩さずに、かつ、新鮮さも表現していただいています。
「マティス-EB」の裏話
Topic1:フォントの変遷 OCFフォントからOTFフォントへ(※1)
「新世紀エヴァンゲリオン」が初放映され劇場版、新劇場版の公開までの20年の間に、“フォント”の歴史も大きく変わってきました。 TV版が放送されていた1995年当時、DTP用のフォントとしては「OCFフォント フォーマット」が主流で、例示字形は現在のようにAdobe-Japanの規格ではなく、JIS(日本工業規格)に準拠していました。 そこからCIDフォントへと切り替わるタイミングで、Adobe-Japanの規格にあわせられたのですが、 実は、そのタイミングで、いくつかの文字の字形が変更になっています。
以下の画像は、「新世紀エヴァンゲリオン」の第壱話、“使徒、襲来”の《使》の字形が、OCFフォントとOTFフォントでは変わっていることを示しています。
作品が制作されたタイミングの制作環境によって、フォントも変更されているのです。
なお、Adobeのアプリケーションを使えば、OTFフォントでも字体切り替えで筆押さえありに変換できます。
Topic2:各作品における長体率の違い
TVアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のサブタイトルと「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」のタイトル画面を見比べると、 同じ「マティス-EB」でも、フォントに対する“長体率”の掛け方で、雰囲気が全く違います。
Topic3:放送業界向け「マティス」の誕生
この書体の使用方法が非常に話題となり、それから放送業界やアニメ会社などでも、さまざまな業界でもDTP用のデジタルフォントを導入いただくようになりました。 例えば、放送業界用のフォントがあるのですが、これも「エヴァンゲリオン」に関連することことがあります。 フォントワークスが基本として提供している「マティス」などでは、「従属欧文(英数字)」の天地の高さが「漢字」や「かな」よりも少しだけ小さくデザインされています。実は、「漢字」や「かな」と「英数字」の天地(高さ)をあわせてほしいというご要望をアニメ制作の現場の方から頂き、それにお応えする形で制作したのが、放送業界専用のフォントの元となっています。