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【フォントデザイナー企画】 「ゴスペル-EB」のデザインと制作へのこだわり 桑原 孝之氏へのインタビュー

このコーナーでは、「ゴスペル-EB」にスポットを当て、デザインの特徴やフォントの使われ方、またフォントデザイナーに伺った書体誕生の経緯をご紹介します。

「ゴスペル-EB」は太いウエイトと、始筆部や終筆部の真上にある“すっ”と上がったエレメントのデザインが特徴的で、黒みの多いフォントの重くなりがちな印象を、軽く、コミカルに見せることができるフォントです。

そういったデザイン性から、広告などのキャッチーなタイトル部分はもちろんですが、短めのリード文やバラエティ番組のテロップなどでもよく使われています。特に、可愛らしい絵と一緒に使われることが多いフォントなので、デザイン性の強いフォントを専門とされているフォントデザイナーさんが作成されているのかと思う方も多いかもしれません。ですが実は“家庭用電気機器”のような、デザイン性よりも見やすさが重要視されるフォントなども手掛けられているデザイナー 桑原 孝之氏が作成されています。 

フォントワークスからは初のフォントリリースですが、日々の暮らしで、すでに桑原さんの作成されたフォントをご覧になっている方も多いのではないかと思います。


フォントデザイナーになるキッカケや経緯を教えてください

並木スタジオの加藤辰二さん(並木ポップ作者)の元で、精密レタリング(書き文字屋)の修業を始めたことが文字に関わる最初のキッカケでした。

そもそも精密レタリングって何?と思われる方が多いかもしれませんね。 今から40年ほど前は、写真植字もいろいろな書体が出てきてはいましたが、太い基本書体やデザイン書体はまだまだ手書きするしかなかったんです。毎日、硯で墨を磨って、面相筆とサシ(溝引き)を使ってね。

FAXもない時代でしたから、最初の3年は“お使い”をしながら、空いた時間に字の練習をしていました。親方の字を、右から左にひたすら写す、そうこうしているうちに文字の骨格が身について、やっと文字を書かせてもらえるようになるという世界でした。

それと同時に、もともと機械が好きだというのもキッカケになったと思います。書き文字の仕事自体が衰退してしまい、まだまだワープロもなかった頃に、ただ興味本位に8bitのパソコンを買っていじってるうちに、プログラムやデジタルデータの何たるかを学ぶことができました。高価な玩具だったと思いますが、そのマシンがソニー製だったこともあり縁あってソニーのドットフォント制作にも関わることになったんです。


「ゴスペル-EB」を含め、アウトラインフォントを作るようになったのはどういった経緯からでしょうか?

その後、アウトラインフォントが主流になり始めるのですが、しばらくは機械的な制約があるドットフォントにばかり、面白みを感じていました。実は、自分でアウトラインフォントを制作する前に、他の人の制作の手伝いをしていたので、アウトラインフォントの制作がどんなに大変なことかは分かっていた…ということもありますね。

ですが、周囲に書体をつくっている友人が何人もいて、頑張ってるよな、自分もやってみたいなと刺激されたのが始まりでした。その中でも今回ご紹介する「ゴスペル-EB」は、昔から隷書体に惹かれるものがあって、何か形にならないかと思って作り始めた書体です。隷書をスタイライズするといっても、もう少し柔らかい雰囲気にできたのかもしれないですが、GOD SPELL “神の綴り”という言葉に相応しく、強さを持ったデザインにしています。うろこのようなエレメントも、大きくやると鬱陶しく感じるため、明朝体のような心地良い跳ね上げで、少し印象を軽くするといった効果を持たせるようにしました。

先日、ワイドショー番組のオリンピック特集で「男子体操団体~」というテロップに、斜体のかかった「ゴスペル-EB」が使用されていました。エフェクトのかかった表示だったので、自分の作った書体じゃないような感じを受けながらも、書き文字で言うスピード文字風の扱いは、訴求力が生かされてて良い使われ方をしているなと感じました。


“LETS会員さま”の手元に届いている「ゴスペル-EB」は、フォントデザインを桑原さん、そのデザインやキャラクターを確認してフォント化するのがFWという流れで制作しています。実はこの「ゴスペル-EB」は、ほとんどと言って良いくらい修正の入らない書体でした。その秘密を教えてください。

フォントの作成中は、例えば「この偏(へん)は前に作ったはずだけど、エレメントの処理はどうだったかな?」とすでに作成した文字を確認したくなることがよくあります。そんな時に、ファイルの在り処を探し始めると、すぐにデザインに取りかかれない状態になってしまうのですが、ここがフォントを作っている人の一番厄介でストレスに思っているところではないでしょうか。

そういったことが解消できるように、Illustratorである程度デザインが作成されるごとにFontgraferやOTEditなどで随時フォントをデータ化していき、カード型データベースで情報を管理することにしています。

たとえば“ニンベン”を検索すると、ニンベンを使った「使」や「作」の文字がずらりと並び、デザインを確認できるといった状態です。デザイン作業の傍らでいつでも確認できるような環境を整え、点画などのデザインの統一性のチェックはもちろん、気になる参照書体と処理を見比べたり、重複したフォントの作成も防ぐことができるようにしています。

ですが中には、フォントワークスさんに教えてもらってデザイン修正したものもいくつかあったんですよ。“学術記号”や“縦中横”で使うフォントがこれにあたるのですが、親しみのない約物については、使われるシーンの想定を誤ったままデザインしていたものがあり、指摘をいただき助かりました。


今後はどういったフォントの作成を考えられていますか? 

書き文字をやっていたからこそだと思いますが、私のフォント制作方法は、マスに入るように、マスを埋めていっている…といった感じです。今後はそれに囚われないように字を書きたい、レタリングとかやったことないというような字、そんなけれん味のないフリースタイルなフォントが作りたいです。

実は、今回のゴスペルはマンガチックなものに使われるイメージをしていたのですが、さきほどお話しした作例のように、フォントを使われる方のほうが、より適した使い方をしてくれるんだと嬉しく思っています。

これからもユーザーさんには、好きなように、自由に使っていただきたいと思います。

桑原 孝之氏 プロフィール

デジタルフォントデザイナー、エンジニア
1977年から9年ほど加藤辰二主宰並木スタジオにて岩波明朝系書き文字屋を修行。
独立後は主に(株)ソニーのインタフェース用ドットフォント制作。ゴスペルをはじめ、10書体ほどのデザインに携わる。