会員様インタビュー FONTSTORY

第27回 寺井 恵司 様

2012.11.27
寺井 恵司さんは音楽・美術・ファッションなどのアートディレクションや本の装幀など幅広く活躍されているフリーランスのデザイナーです。私たちもよく目にするトーキョーワンダーサイトではロゴから展覧会のチラシ、カタログデザイン、さらにはホームページの監修なども手掛けられています。 

今回は、2012年2月から5月まで東京・六本木の森美術館で開催された、アジアを代表する韓国の女性アーティスト、イ・ブルさんの大規模個展「イ・ブル:私からあなたへ、私たちだけに」で、展覧会公式カタログと展示のグラフィックをディレクションされた際のお話しを中心にお聞きしました。
特にカタログでは、いくつもの異なる書体やウエイトを使って完成させることが多い中で、ひとつのウエイトのみを使って200ページを超える1冊のデザインがまとめあげられています。

個展全体でイ・ブルを表現

もともとイ・ブルとは交友関係にあったこともあり、個展のカタログデザインを任されることになりました。個人のアーティストの展覧会(個展)では、作家自身の個人的な体験やイマジネーション、さまざまな感情などが見えてくることが多いのですが、今回の個展では特に、彼女の生い立ちを反映する情念が表現されたパフォーマンス、長い間飼っていたのに亡くなってしまった犬を題材にした新作、さまざまなアイデアが生まれたスタジオの再現など、とても私的な側面が強調された個展になるのではないかと思いました。

彼女は会話や言葉で感情を表現するより、まさにアーティストとして彫刻の形や表情であらゆることを表現することに長けていて、有機的なものを感じさせる作品がたくさんあるんです。そういうことから、彼女の情念やパーソナルな面をそのまま表現したいと考えました。 

自分が仕事をするとき、プロとしてどうかなと思う反面、経験値で獲得した数値的に美しい文字組みというのではなく、その時々でいろいろなものに影響を受けている自分の “気分”を取り入れても良いのではないかと考えています。今回のカタログでは、友人でもあるイ・ブルの作品に感じる有機的な部分や、言葉として発せられたものを私小説や文学的に魅せられるようにディレクションしていきたいっていう気持ちが強かったですね。

プライベートな雰囲気をもつ筑紫オールド明朝が使いたかった

展覧会のカタログなので作品写真はもちろん、エッセイやインタビューをはじめ、略歴等の資料などテキストページは複数ありました。こういったときのカタログの見せ方や作り方のひとつとして、ゴシック体や明朝体を多用することで紙面を分けてみせるのも手で、実際に自分もそうするときもあります。 

ただイ・ブルのときは、彼女の情念とかパーソナルな面を表現できるようなフォントで、また彼女が発した言葉以上に彼女を表現するフォントを使いたいと思ったときに、オールド系の明朝体がもつ、仮名や漢字の大きさに凹凸や抑揚を感じる有機的な書体を使いたい、しかもその書体だけで作り上げたいと思い、ゴシック体や明朝体などの複数のフォントをそれと一緒に使うことは敢えて避けました。 

オールド系の明朝体のいくつかを検討していくなかで、仮名ひとつずつに伸びやかなアクセントがあり、文字自体がもつ空気感に和文フォントとしての色気が感じられる【筑紫オールド明朝】が、よりプライベートな雰囲気を醸し出すのにぴったりだと感じ、今回のカタログをすべてこの書体だけで作っていこうと思いました。

この書体だけでどこまで出来るかの挑戦でした

彼女の彫刻作品は、ものすごく手の込んだ装飾的なものなので、カタログのデザインではできるだけ何もしていないように見えるよう、レイアウト自体で抑揚を出さないかわりに、文字がちゃんと見えてくるようなデザインを心がけました。 

フォントについては、先ほどの理由で【筑紫オールド明朝】1つだけを使って目次や本文の全てを作り上げました。もちろん、以前からこの書体を使っているので「R」の他にウエイトがないのも知っていました(2011年時点)。そのため、今回のカタログの作成は、私にとってもそれでどこまで出来るかの挑戦だったように思います。あるページの見出しについては、位置とスペースだけで強弱を狙ったんですが、クライアントからこの違いだけでは…と校正が入り、フォントのサイズと文字間を調整しなおしたところもありましたね 

調整できるのが文字サイズや行間、字間、余白や罫線などに限定されたこともあって、カタログの紙質についてはフォント優先で、画用紙のような風合いや手触りを持った白色度が比較的低い紙に決定しました。【筑紫オールド明朝】の先端に尖った感じのない優しい見え方が、漢字が複数続いてしまう表記のところでも、この風合いの紙を用いることでより優しく見えると考えたからです。また特色でフォントを載せることで、色味についてもさらに優しく、良い雰囲気を出せたと思います。【筑紫オールド明朝】を文字組みしたときに、ラインが完全に揃ってしまうことがない有機的な雰囲気がそうさせるのかもしれないですね。 

また、各章扉の写真の上に文字を載せているものに関しては、クライアントからちょっとだけ太くしてほしいと要望があったものもありました。こちらについては最後まで抵抗しましたが、ほんの少しだけアウトラインをかけることで対応しました。アウトラインを追加しただけ効果があったと思いますが、本当に0.0何ミリの調整を行うのみでした。それくらいの調整でないとシルエットが全く変わってしまい、本来の書体とは違うものになってしまいます。組み方も重要なのですが、フォントはそれが伝える言葉以上に語ってくれるという効果もありますからね。 

カタログだけでなく、個展の中で展開されるものの雰囲気を出来る限り統一させることで、彼女の情念とかパーソナルな面をより表現できるよう、会場のウォールテキストなどにも同様にこの書体を使いました。細かいところにも凝った書体なのでカッティングシートなどは抜けが悪く、会場設営の業者さんは大変だったみたいですが、会場全体に書体が醸し出すクラシカルな雰囲気が影響して今回の個展にぴったりの会場づくりができたと思います。

文字組みはその本の性格で決まっていきます

装幀をするときは基本的に本文から作り始めることで、本の内容や性格を自分のなかで形にしていき、カバーの作成まで進めていくスタンスをとっています。文字組みをするなかで、行間と字間の引っ張り合いみたいな意識が常にありますね。同じフォントを使っていても、以前に作ったものを継承するのではなく、その作品専用のフォーマットをいちから決めていく作業をしています。

今回のカタログについても行間と字間を調整することで、パラパラに見えないひとつのブロックとして見える限界のところを探りたいと思って作り上げました。 

【筑紫オールド明朝】については、この作品以外にも単行本など装幀の依頼があったときは最初に組んでみるくらい最近ではよく使いますね。ただ、ぱっと見て瞬間的にこれじゃないと感じることもあるんですよ。

例えば、縦組みに最適なフォントだと思うのですが、あまりにもカタカナが続いたり多かったりすると縦組みに使うのは難しいと感じますね。もともとカタカナ自体が日本特有の縦表記で使われるのがおかしいのかもしれませんが、かなとかなの間がアクセントになりすぎていてパラパラに見えちゃうってこともあるのかもしれません。

オールド系の書体なのでかなが小さく作ってあるためですが、見え方にちょっと違和感があるように感じるので、どうしてもカタカナが続くようなものでも使用したいときはサイズ等に注意して作業をしますね。基本的にきれいな文字組みというのは、視覚的に違和感のない組み方になっていることで、文章を読み始めるとっかかりとしても重要な役割を担っていると思うので、こだわりを持っていたい部分です。 
※マイナビ社発行の「+DESIGNING 2012年5月号(Vol.28)」にて、寺井恵司さんのインタビュー記事が掲載されています。
http://www.plus-designing.jp/pd/pd28/pd28.html
<編集後記>
寺井さんからカタログや個展のディレクションの工夫について伺う中で、イ・ブルさんをより率直に表現したいという強い気持ちがあらゆるところに感じられました。ひとつのウエイトでページ数の多いカタログを作り上げるという難しいデザインも、瞬時のうちにアイデアとして出てきたということでした。このような、日々の経験をもとにして作り上げていくデザインが多いなか、少しでもそのアイデアの表現のお役に立てるように取り組んでまいります。
カタログ等でご使用いただいた【筑紫オールド明朝】は、ウエイト展開のご要望をたくさん頂戴いたしましたので、書体名を【筑紫Aオールド明朝】として、2012年12月に6ウエイトのファミリーでリリースいたします。

プロフィール

1990年、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。鈴木一誌氏に師事した後、1996年渡英。ロンドンでウェブデザインなどに携わる。1997年に独立後は、音楽、美術、ファッションなど文化・アート分野のアートディレクションを多数手掛ける傍ら、ブックデザインは漫画から実用書、専門書まで多岐にわたる。主なクライアントにトーキョーワンダーサイト、東京オペラシティ、森美術館など。

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