会員様インタビュー FONTSTORY
第42回 ブックデザイナー 鈴木久美さま 「温度感のある書体──それが筑紫書体だと思います」
角川書店の装丁室から独立される際「グレコが好きだから」という思いでLETSを導入された鈴木久美さま。今ではさまざまな本の装丁に筑紫書体を中心としたフォントワークス書体を活用されています。
鈴木さまが思う筑紫書体の魅力とは? そしてご自身の仕事について伺いました。
「本」がもつ魅力 読者の方の思いに沿うブックデザインを心がけて
一言でブックデザインと言っても、どこまでデザインできるかは出版社や本によって違います。共通しているのは、書籍の“外側”の部分。カバーや帯のデザインはもちろんですが、扉や見返しの紙種やスピンの種類、花布の色などさまざまなものをディレクションし、デザインしていきます。最初の段階は打合せや発注作業、その確認などの繰り返しで、実際にデザインするのはすべての素材が揃ってから。自ずと文字を扱うこともデザインの最後のほうになりますね。
文芸書(小説など)のブックデザインの難しいところは、ネタバレにならない程度で内容を伝えなければならないということです。読者の方がカバーを手に取ったときに「どんな話かな?」と期待してもらえるようなさじ加減をいつも考えています。そう考えると、文芸書のカバーは映画の予告編に近いのかもしれません。映像にあたるのがカバーだとすれば、そこに巻かれている帯がナレーション。数時間の間、物語の世界に没頭できる読書の時間は映画を見る時間にも似ています。私がブックデザインをするときは、その物語の世界、作家さんのイメージを崩さないこと、読者の本棚にずっと残っていくかもしれないこと……、そんな「本」がもつ魅力に惹かれている読者の方の思いに沿える物を作りたい、と常に考えています。
フォントは印象に残るものを作るうえで欠かせないスパイス
LETSを導入したのは、今から3年くらい前(2014年)、角川書店の装丁室から独立したときでした。装丁室でもフォントワークス書体を使っていて、当時はとくに「グレコ」が好きだったんです。当時はシリーズもののデザインも担当していましたから、できるだけ装丁室のフォント環境を継続して引き継ぎたいとすぐ導入を決めました。
デザイン環境って、独立するとなかなか新しい情報が得られません。その点LETSだったら、こんな新しい書体があるんだ、なんてことを知らない私でも、常に最新の環境を得ることができます。忘れがちですが、これが意外と大きなメリットですね。
ブックデザインという仕事は、目を惹く物を作るために、いろいろなアイデアを常に考えておかなければならないんです。これは、イラストレーターやフォトグラファーなど、ビジュアルを作るクリエイターを常に意識して探しておくこともそうですが、書体についても、印象に残る物を作る上で欠かせないスパイスだと思っています。だから、多くの書体が提供されるLETSはすごく有り難い存在なんですね。
今までで一番自分の生理的な感覚にしっくりする書体に出会った
今回、あらためて自分が手掛けた装丁を眺めてみたんですが、「筑紫オールド明朝」を使ったものがとても多いですね(笑) 「A」、「B」、「C」どれも好きみたい。はじめて筑紫オールド明朝を使って装丁したとき、出来上がった本を見て、今までで一番自分の生理的な感覚にしっくりする書体に出会った、と思ったんです。
個人的に丸みのある仮名をもつ書体が好きで、筑紫オールド明朝で言えば、「の」や「な」、「つ」の感じ。やり過ぎない丸みがあって、優しい暖かさが感じられます。そしていちばん好きなのが漢字のはらい部分の端の処理です。筑紫オールド明朝は角が立たずにスッと処理されているでしょう? ちょっとしたことかもしれませんが、書籍の場合、タイトルとして大きな級数で文字を扱うことも多いので、トメやはらいの美しさがとても気になってしまいます。大きくしたときにエレメントの端部分がかくかくしているとしっくりきません。よほど気になったときには端部分の角に調整を加えることもありましたが、やり過ぎると文字の形が崩れてしまう。とても難しくて神経を使う作業だったんです。
筑紫オールド明朝は、その作業が必要ないどころか、カーブの曲がり具合や縦画/横画の揺らぎに温度感があるんです。うろこも角がなくてふっくらしてる。縦に組んでも横に組んでも収まりが良いので、扱いやすく読みやすいんじゃないかと思います。
それに、旧字体のデザインも素晴らしいですね。辺や旁が変わるだけではなくて、他のエレメントもパーツの違いによってきちんとデザインされています。使う側は何のストレスを感じることもないので、本当に文字部分に関しては書体に支えられていると思っています。
最近では、ちょっとニュアンスがクラシカルで面白い「筑紫Bオールド明朝-R」の使用率が高まってますね。タイトルとして使ったときも印象が強いので、タイトルから物語性を感じ取ってもらえるんじゃないかと思います。
そして、「筑紫オールドゴシック」は、活字を使って印刷したときの滲んでしまったような、曖昧な輪郭が魅力です。ゴシック体なのに明朝体のような感覚で、でも明朝体にはないモダンさがあります。書体そのものから感じられる温度が暖かいんです。書体に温度を感じるというものも不思議な話ですが、でもそうとしか形容できないものが筑紫オールドゴシックにはありますね。
いずれの筑紫書体に感じるのは、“物語性”を増殖させるニュアンスの強さです。とくに「筑紫アンティークL明朝-L」や「筑紫アンティークS明朝-L」は私もよく使いますが、書店でも多く見かけます。独特の強さがあるのに、縦画も横画も太さがそんなに違わないので、可読性がある。色つきやグラデーションを指定しても読みやすさが変わらない書体というのは、実はそう多くないんです。
「これ!これが良いです」ってビジュアルの方から言われます
最初にもお話しましたが、書体選びはデザインワークの中でも最後の最後。絵や写真が上がってきて、実際にカバー周りの大きさに配置してダミー本に巻いてみて、初めてたたずまいが決まります。
ここで本のタイトルや作家名などを乗せて見ていくのですが、しっくりこないときはビジュアルに「違う違う」と言われるんです(笑) 逆にピッタリなときは、ビジュアルのほうから「これ! これが良いです」と教えてくれます。
この『ゴッド・スパイダー』という作品のカバーもまさにそうでした。タイトルや著者名をいつも通り欧文書体で組んでみたら、絵のほうが「違います」と訴えかけてきました。和文部分には「筑紫オールドゴシック B」を使っていたので、試しにこの欧文部分をそのまま当てはめてみたんです。そうしたら、絵が「これです!」と教えてくれて、びっくりしました。
だって、欧文部分は欧文書体を使う、ということが私の中ではセオリーになっていましたから。本のタイトルとして大きく載せるので迷いましたが、筑紫オールドゴシック-Bの従属欧文じゃないと絵を支えきれない強さがありました。その理由の一つには、Xハイト(書体の高さ)の落差があると思います。そこが、まさに絵が求める書体としてピッタリだったんですね。
この本のデザインをきっかけに、あらためて筑紫書体の従属欧文を眺めてみたんですが、やっぱり私の好きなテイストでした。藤田さんが作る従属欧文の感じ──高さの落差や丸みが好きなんです。
筑紫書体はするっと隣に入り込んでいてそれでも居心地のいい人
そうそう、「筑紫A丸ゴシック」もいいですよね。それ以前から丸ゴシック体はいろいろありました。それらはどれも可愛いのですが、もっと動きがあっても良いのにな、と思っていたときに出てきたのが「筑紫A丸ゴシック」だったんです。これを見たときに、こんなに丸ゴシック体でニュアンスがあるものが作れるのかと驚きました。ゴシック体と明朝体の特長を併せ持つような丸ゴシックなので、大人向けの本でも使えます。子供っぽさが出ない、クールで新鮮な丸ゴシック体です。
最終的に書体違いでデザインをプレゼンするとき、選ばれる書体にはやっぱり理由があって、訴えてくるものがあるものが選ばれるんです。ビジュアルも文字の大きさも一緒なのに、書体が違うだけで本当に本の顔が変わります。あまり書体のアート性について思いを馳せたことはありませんでしたが、あらためて筑紫書体の好きな部分を思い返すと、ウロコがぽってりしてるところ、角のない緩やかなところ、隅々までデザインが行き渡っているところと、好きな理由がどんどん出てきます。
でも普段は意識することはありません。普段は意識していないんだけどするっと隣に入り込んでいてそれでも居心地のいい人、無意識に訴えてくるのが筑紫書体がもつアート性であり、私が筑紫書体の好きなところなんだと思います。
こうして筑紫書体について話すと止まらなくなりますが(笑)、ひとつリクエストできるとするなら、筑紫オールドゴシックのウエイトバリエーション──それも細いウエイトが欲しいです。今、全部筑紫オールドゴシックで組みたいと思っても、文字の大きさによっては重すぎたり、潰れてしまって読みにくくなってしまうんじゃないかと心配になることがあります。筑紫オールドゴシックに細いウエイトがあれば無敵ですね。ぜひ、作って頂けたら嬉しいなと思っています。