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第43回 ブックデザイナー 名久井 直子さま 「筑紫書体は、装丁にも本文にもオールマイティに使える書体です」

2017.10.24

「筑紫書体は漢字もかなも欧文も素敵」と言われるブックデザイナーの名久井 直子さま。

さまざまな書籍に筑紫書体をご使用いただいていますが、とくに気に入っていただいているのが「本文書体」としての筑紫書体なのだそうです。そこで、本文書体として筑紫書体をご使用いただく際のポイントやこだわり、さらに最近のお仕事から筑紫書体の使用例をご紹介いただきました。

文字は本の「声音」、だから筑紫書体を選びます

「本」というものは、テキストの状態では形を持っていません。

ですからブックデザインは、形を持たないテキストというものを物質化する仕事だと思っています。その物質化の中には、テキストはもちろん、本を構成するさまざまな要素があります。

その要素の中で、とりわけ「文字」(書体)はテキストを体現する“ 声音” みたいなものなので、その本の雰囲気を決める大きな要素であることは間違いないと思います。

読者の方が一番長く付き合うから、「本文書体」が重要

私が使う筑紫書体の明朝体は、もっぱら「筑紫Aオールド明朝」です。「筑紫Bオールド明朝」だと、ちょっと私にはクセがありすぎな気がして……。

それから、筑紫書体のゴシック体としていちばん最初に出た「筑紫ゴシック」も好きですね。この2つは割とよく使っていて、本文の組版では「筑紫A オールド明朝-R と筑紫ゴシックB」が使用頻度の高いペアとしてよく指定します。

今、ライトな読み物の本文の級数は「なるべく大きくして」と言われていて、「13.5 級」くらいが増えてきています。昔は本文に細め(ウエイトで言うとLくらい)の明朝体を使っていましたが、今だとそのウエイトでは少し弱い印象になってしまいます。

筑紫ゴシックB は、本文書体として見ると少し太すぎると思われるかもしれませんが、その太さが今の時代にしっくりくるんです。以前のように印刷で文字が潰れることがありませんし、少し級数を落として使っても、それはそれで可愛くて、読みにくくなることがありません。

筑紫A オールド明朝は、誰もがイメージする明朝体からすれば少しクセがありますが、そのクセが文章として流れると上品できれいな印象になります。オールドタイプの明朝体がいろいろある中で、筑紫A オールド明朝は、和風に振れすぎない垢抜けた印象をもっている。それが、純文学的な文章はもちろん、海外文学の翻訳物にもあうんです。

もちろん、本の装丁にとって表紙まわりは“ 本の顔” とも言えるので、ブックデザインの中でも読者を惹き付ける大切な存在です。でも、読者の方がいちばん長く付きあうのは、やっぱり本文ですよね。ですから、私にとっては外側はもちろん中身に使う筑紫書体も、重要な意味を持っているんです。

文章全体の文字ひとつひとつを同じくらいの見え方に

そういえば、筑紫書体の従属欧文以外で和欧混植をすることはあまりないですね。縦組みでも横組みでも、筑紫書体のときはそのまま従属欧文を使うことが多いです。

私にご依頼いただく書籍は、日常の機微や細やかな心情を綴ったような文芸作品が多いので、読者の皆さんが本の世界に没頭しているときに、内容がそのままスッと心に入るようなような本文組み、書体の指定を心掛けています。

そこで、和欧混植をすると、どうしても大きさや太さを調整することが多くなってしまい、それが文章そのものに対する違和感につながってしまうかも……と心配になってしまうんです。ひとつの書体で本文を指定できれば、こうした書体の違いによる違和感は解消されます。

 

ただ、“ ウエイト混植” というやり方はよくやっています。
たとえば、漢字・ひらがな・カタカナには「筑紫A オールド明朝のウエイトB」を使う時は、数字やアルファベット、括弧類や約物にはすこしウエイトを落として「筑紫A オールド明朝のウエイトM」を使うという方法です。


もちろん、「太いままで良い」と考える人もいらっしゃるんですが、私の好みでは前述したように文章全体の文字ひとつひとつを同じくらいの見え方──つまり「フラットな見え方」にしたいという狙いがあって、この方法に辿り着きました。これも、筑紫A オールド明朝と筑紫ゴシックがフォントファミリーとしてウエイトバリエーションを揃えてくれているからこそですね。

女性が求める「可愛い」にも近い筑紫ゴシック

今日は、最近の仕事からいくつか紹介したいと思います。
たとえば森茉莉さんの文庫本(森茉莉コレクション)は、装丁のお話をいただいた段階でシリーズ化も決まっていたので、どんなタイトル(文字)がきても雰囲気を壊さないように、エレガントで綺麗な印象が残せる書体にしようと考えました。それに、「森茉莉」という名前そのものも美しいですよね。
名前の部分も意識して、タイトルと名前の両方が美しく見せられる書体として、少し平体を掛けた「筑紫A オールド明朝」を使っています。


一方、山本ふみこさんの『家のしごと』は、表紙まわりも中身も「筑紫オールドゴシック」です。この本は主婦である女性が書いたエッセイですが、毎日を細やかに、丁寧に暮らしている女性だけど、少し“ごんぶと”で“ 肝っ玉母ちゃん” なイメージを受けたので、ゴシック体のこの書体があうと思ったんですね。

実は、筑紫ゴシック、そして筑紫オールドゴシックは、私にとってゴシック体のイメージを変えてくれた書体なんです。

それぞれの印象が柔らかいので、明朝体との境目がなくなってきているように見えました。もともとオールドタイプでかな部分が小さく作られているゴシック体が好きでしたが、筑紫書体のゴシック体はそれまでの活字系ゴシック体の流れよりも大人っぽい印象でした。


力強いゴシック体は広告のコピーで人気がありますが、それはやっぱり現代の大人に向けたキャッチコピーを表現するときにあうゴシック体です。小説にある悲しみや喜びのようなエモーショナルな言葉がきたときには、なんとなく違うような気がしていました。


筑紫ゴシックは、こうした今までのゴシック体にないニュアンスを持っていて、物語を背負えるというか、心情に触れる言葉を表すときにもあう書体ではないかと思います。この書体の登場から、ゴシック体でも明朝体と同じような柔らかい印象を出せるんだなとイメージが膨らみました。私自身が女性だから思うのかもしれませんが、筑紫書体のゴシック体は、女性が求める可愛いの方向に合っているんじゃないかと思います。

昭和初期の古書から新書体のアイデア!?

それと、今日せっかくなのでほしい書体をリクエストしようと思って、ちょっと古書からコピーしたものを持ってきました。

昭和初期の版画家で装幀家でもある恩地孝四郎が装丁した『飛行官能』という本に使われている活字です。この活字がとても素敵で……。この本に使われている文字は、一見するとすごくクセがあって振り切った側にあります。カタカナも小さく作ってあるし、アルファベットも横幅がすごく狭いことに面白みがある。

ブックデザイナーとしては、スタンダードな書体、すごく振り切ってクセのある書体──という両極端なものが両方あるとうれしいんです。これはもちろん、振り切ったほうの書体です。こういった書体がデジタル書体としてあったらすごく良いですね。

それから、絵本にあう明朝体。今、大人向けな明朝体は筑紫書体もあってだいぶ満たされてきたと思いますが、絵本にあう明朝体──つまり、子ども向けの書籍に使える明朝体ってバリエーションが少なくて、まだ未開拓な気がします。

それは、教科書体のようなものでもないし、汎用的な明朝体でもない。今、コミックのセリフ部分で使われているような明朝体のジャンルに含まれるような、児童書向きの明朝体が足りないんです。この分野に新しい書体があると、明朝体のバリエーションもまた広がっていくのではないでしょうか。